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	<title>エッセイ &#8211; アオイロノヲト</title>
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	<description>文具と暮らしを綴るブログ</description>
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	<title>エッセイ &#8211; アオイロノヲト</title>
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		<title>好きなものとの距離感がわからない</title>
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		<dc:creator><![CDATA[やまねあおい]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 26 Sep 2026 10:02:29 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[エッセイ]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://bluelog-note.com/wp-content/uploads/2026/09/a11b4bb3ba448d1fa402ac3dc62cc91f-7-1024x576.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p>昔から、好きなものとうまく付き合えない。 好きなものほど、距離が近くなりすぎて苦しくなる。 今まさにそうなっているのが「絵」。上手くなりたいと思っていろいろ考えてきたけれど、そうしているうちに気づいたら距離を詰めすぎて苦 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://bluelog-note.com/wp-content/uploads/2026/09/a11b4bb3ba448d1fa402ac3dc62cc91f-7-1024x576.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p>
<p class="wp-block-paragraph">昔から、好きなものとうまく付き合えない。</p>



<p class="wp-block-paragraph">好きなものほど、距離が近くなりすぎて苦しくなる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">今まさにそうなっているのが「絵」。上手くなりたいと思っていろいろ考えてきたけれど、そうしているうちに気づいたら距離を詰めすぎて苦しくなってしまっていた。</p>



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<p class="wp-block-paragraph">絵を始めた当初は、ただ楽しかった。「好きな画材を使おう」と万年筆で描いていたのだけど、それもただ線を引くことが楽しくてたまらなかった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">作品が完成すると、素直にうれしかった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そんな調子だったのが、やっているうちに気がつくと「好きで続けているならば上達しなければいけない」と思うようになっていった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">好きだからこそ、得意でもないといけない気がしちゃって。それで「上手くなりたい」がいつのまにか「好き」とすり替わって「ちゃんとしなきゃ」と思うようになっていた気がする。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そうなると、四六時中絵のことを考えて止まらなくなっていた。練習法を調べたり、今のやり方で本当に上手くなるのかと疑心暗鬼になったり。ぐっと掴んで手から離せなくなっていた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そうなるともうだめで、考えずにはいられなくなる。</p>



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<p class="wp-block-paragraph">好きな作家の新作を読めない時期もあった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">好きすぎて読むのが怖い、という感覚。好きだからこそ「ちゃんと読まなきゃ」と身構えてしまう。読むハードルを自分で上げてしまっていたのだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">逆に、ほどよくどうでもいいことだと、こんなに苦しくはならない。むしろ好きなものを避けてちょっとどうでもいいものばかり選んでしまう傾向がある。</p>



<p class="wp-block-paragraph">例えば、見たいと思っていたアニメがサブスクに追加されていたとき。いざ時間ができても「”ちゃんと”見たいから今はやめとこう」と避けて他のほどほどにどうでもいい作品に手を出してしまう。</p>



<p class="wp-block-paragraph">好きな作家の本が読めなかった時期も、そんな傾向があったなと思い出す。手を出しやすい他の本ばかり読んで、本当に読みたい作品は後回しになっていた。</p>



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<p class="wp-block-paragraph">わたしにとって、好きなものを「ちゃんと」味わうって何なんだろう？　自分の中にある気持ちについて、ちょっと向き合ってみた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">わたしにとっての「ちゃんと」とは、観たり読んだりした後に立派な感想が書けること、かもしれない。好きなものだからこそ、読んだらしっかり活かさなければいけない気がしてしまっているようだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">読むならばちゃんと集中して読んで、読んだ後に得るものがあったり良いアウトプットができたりする必要があると思ってしまう。</p>



<p class="wp-block-paragraph">絵でも同じことが起こっていた。「好きなら得意でないといけない」と思う背景には、人の目があるのかもしれない。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「好きなものを誇れる状態にしなきゃ」という気持ちもある。誰に対して誇りたいのかは、不特定多数の「みんな」が対象であると思う。</p>



<p class="wp-block-paragraph">わたしにはそういう強い承認欲求があって、例えばネットにあげたら不特定多数の人に評価されることを望んでしまう。</p>



<p class="wp-block-paragraph">好きだったものに、いつの間にか成果や他人からの評価を求めていたのだ。</p>



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<p class="wp-block-paragraph">もし誰にも見せなくていいとしたら、好きなものとどう付き合いたいだろう。そう自分に問いかけたら、本当は、ただ楽しみたいという答えが返ってきた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">好きなものを読んだり観たり描いたりして、ただ楽しい気持ちになりたい。</p>



<p class="wp-block-paragraph">好きなものがあること自体は素敵なことだと思っている。あれが好き、これが好きと思えること自体、わたしにとってはうれしいことだ。何なら、好きなものがなくて困っている人だっているわけだし。</p>



<p class="wp-block-paragraph">だからこそ、好きなものをもっと大事にしたいし、せっかくある好きなものをもっと楽しみたい。好きなのに楽しめないのは、もったいないと思う。本当はもっと気軽に、純粋に好きなものを楽しみたい。</p>



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<p class="wp-block-paragraph">絵に関して数週間ほど苦しくて仕方ない時を過ごした。それを経た今、一度距離を置いてみることにした。あまりに近づきすぎていて苦しくなって、周りが見えなくなっていたから。</p>



<p class="wp-block-paragraph">苦しんでいるとき、助けを求めた夫がこんな話をしてくれた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">もし大事な友達が彼氏とうまくいってなかったとき、なんてアドバイスする？　俺なら少し距離を置くようにすすめるよ、と。</p>



<p class="wp-block-paragraph">わたしは「距離を置いても一時的な気休めに過ぎない」と最初はその案をつっぱねていた。だけど、藁にもすがる思いで、半信半疑のまま実行してみることにした。そしていざ距離を置いてみて数日経った今、冷静になっている自分に気づいた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">頭を冷やすのは大事かもしれない。好きすぎて辛くなったら、一度距離を置くことが効果的なのかも、と今は思い始めている。一旦冷静になったら、また改めて上手い付き合い方をみつけられるかもしれない。</p>



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<p class="wp-block-paragraph">だからといって、まだ好きなものとの付き合い方が完全にわかったわけではない。今でも好きなものとの距離感はわからないままだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">でも、距離を置いた今、絵に対して実際に何かが変わった。これまでギューッと抱えていた「絵が上手くならなきゃ」という強迫観念がやわらいで、楽になっているのは確かだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">絵について考えなくていいんだと思ってほっとしている。今は離れることができたことがうれしい。</p>



<p class="wp-block-paragraph">好きすぎて辛くなったら、一度距離を置くことは効果的なのかもしれない。</p>



<p class="wp-block-paragraph">好きなものとの付き合い方は、わたしの永遠の課題だ。これからもその課題と付き合いながら生きていくんだと思う。</p>



<p class="wp-block-paragraph">いつか、絵をはじめとした「好きなこと」を純粋に楽しむことができるようになることを願っている。今回の冷却期間が終わるとき、わたしが絵に対してどんな反応をしめすのか、今はそれが少し怖くて、少し楽しみでもある。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>根を張って暮らしたい。いつか一軒家を買いたいとわたしが思う理由</title>
		<link>https://bluelog-note.com/house-dream-10713</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[やまねあおい]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 26 Aug 2026 00:44:55 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[エッセイ]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://bluelog-note.com/wp-content/uploads/2026/08/ad0c9dd45ef7bca1a71d8b43f9be0d1c-1024x576.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p>一軒家を買いたい。それはわたしが昔から夢見ていたことだ。でも、今すぐにその夢が叶うことはない。 わたしたち夫婦が今置かれている状況では、一軒家を買うという選択を取ることができないでいる。 そもそもわたしが一軒家に強く憧れ [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://bluelog-note.com/wp-content/uploads/2026/08/ad0c9dd45ef7bca1a71d8b43f9be0d1c-1024x576.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p>
<p class="wp-block-paragraph">一軒家を買いたい。それはわたしが昔から夢見ていたことだ。でも、今すぐにその夢が叶うことはない。</p>



<p class="wp-block-paragraph">わたしたち夫婦が今置かれている状況では、一軒家を買うという選択を取ることができないでいる。</p>



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<p class="wp-block-paragraph">そもそもわたしが一軒家に強く憧れる理由はいくつかある。</p>



<p class="wp-block-paragraph">1つ目は、地に足がついているから。</p>



<p class="wp-block-paragraph">これは概念的な意味ではなく、物理的にということだ。一軒家を買うということは、土地を買うということ。この区画は自分たちのものだという明確な括りがある。</p>



<p class="wp-block-paragraph">9年前に結婚してから、わたしたちはずっと賃貸アパートに住んできた。その部屋は1階のこともあれば2階のこともあったし、1階の玄関を開けると階段があって2階に居住スペースがあるタイプの部屋に住んだこともあった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そのどれらにも共通しているのが、「自分の土地がない」ということだ。ただ部屋という空間だけを借りている状況。</p>



<p class="wp-block-paragraph">わたしはずっと「地面がほしい」と思ってきた。自分たちが自由に使える「地面」がないのは気持ちの面で落ち着かなく、腰を据えてここに暮らすという感覚を持てないでいた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">自分たちの「地面」があるということは、時に便利でもある。例えば、洗車したいと思ったとき。賃貸物件では駐車場も共用スペースであるため、そこでジャバジャバと車を洗うことはできない。迷惑行為になってしまう。</p>



<p class="wp-block-paragraph">自分たちの地面がほしい。それは一見滑稽な望みだが、わたしにとっては切実なものだ。文字通り地に足のついた生活をしたい。そんな望みをずっと抱えてきた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">2つ目は、愛着が湧くから。</p>



<p class="wp-block-paragraph">今まで住んできた賃貸の部屋は、あくまで借り物であった。実際、わたしたちは部屋を一時的に借りているだけで、夫の仕事で転勤が決まれば引越しをする。</p>



<p class="wp-block-paragraph">気軽に住処を移れるのはある意味でメリットなのかもしれないが、わたしにとっては少しさみしいことに感じる。住んでいる家にはいつも「どうせ一時的な借り物だしな」という他人行儀な感覚を抱えてきた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">今だって、住んでいる家をより快適にしたいと思いつつ本腰が入れられないのは、この家もいつか引っ越して出ていくからだ。手間をかけて住みやすい部屋を作っても、引越しをしたらまたイチからやり直し。そう考えると、部屋作りにもどこかむなしさを感じて手間をかけられないでいる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">3つ目は、暮らしが安定するから。</p>



<p class="wp-block-paragraph">今まで挙げた理由に共通することになるのだが、家を買うということは暮らしを安定させることに直結すると思っている。</p>



<p class="wp-block-paragraph">土地を買って、家を建てて、そこで暮らす。それは、ひとつの決意だ。その場所で生きていく、という。1カ所に根を張って、一生ここで暮らしていくんだという強くて大きな縛りが、一軒家を買うという行為なんだと思う。</p>



<p class="wp-block-paragraph">一軒家に住みたい、というだけの夢ならば、実はわたしたちも今すぐ叶えられる。賃貸の一軒家を選べばいいのだ。でもそうではなく、わたしが一軒家の「購入」にこだわる理由はここにある。</p>



<p class="wp-block-paragraph">賃貸ならば、たとえ一軒家でも借り物であることに変わりはない。そこに強く根ざすという行為にはならない。</p>



<p class="wp-block-paragraph">一戸建てという形態の家を購入する。それによって、わたしは「ここで生きていくんだ」という決意をしたいと思っている。そうすれば、先にあげた家に対する愛着もより湧くだろうし、日々の暮らしもより大切にしたいという気持ちになると考えている。</p>



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<p class="wp-block-paragraph">ここまで書いてきたが、「そんなに一軒家に住みたいならば今すぐ買えばいいじゃないか」というツッコミが入りそうだ。わたしたち夫婦がそれをできない大きな理由がある。</p>



<p class="wp-block-paragraph">それは、夫の仕事だ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">夫の職場では、若いうちは数年に一度転勤がある。実際、9年前に結婚してから広島→兵庫→大阪とわたしたちは移り住んできた。現在住んでいる大阪も、期限こそ未定なものの永住する可能性は割と低い。</p>



<p class="wp-block-paragraph">次の転勤を最後に(たぶん)転勤は終わりそうだという見通しが立っているものの、つまりそれまでは仮住まいの生活を余儀なくされるということだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">こればかりはしょうがない。そんなわけで、わたしたちはもうしばらく賃貸暮らしをしていくことが決まっている。</p>



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<p class="wp-block-paragraph">しかし、どうしても「早く一軒家に住みたい」という気持ちが溢れてしまうときがある。そんなとき、わたしは物件サイトを漁る。</p>



<p class="wp-block-paragraph">先日も、「もし広島に帰ることができるとしたら、どんな物件があるだろう」と売りに出されている中古物件の情報を検索していた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">すると、これは良いと思う家を見つけてしまった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">まず立地。夫の職場から程近く、通勤にも便利な場所だ。そして間取り。一軒家に住むなら自分の作業スペースやたくさんの本の収納がほしいと考えているわたしの希望を叶えてくれる、理想的な間取りの家だった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">物件サイトを漁るという趣味は、こういうときつらさを倍増させてしまう。なぜなら、いくら良い家があっても実際にその家の購入は検討すらできない状況だからだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">今回だって、今広島の家を買うことはほぼ100％実現不可能なことだ。それを、うっかり情報を見てしまったばっかりに「この家に住めたらどんなに幸せだろう」という苦しみを生み出してしまった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">なんともやっかいな趣味であることは自覚している。自分から苦しくなりに行っていると言われれば返す言葉もない。</p>



<p class="wp-block-paragraph">だが1つ言い訳をさせてもらうと、今のうちからいろいろな家の情報に触れておくことは将来家を買うときの参考になると思うのだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「この家、いいな」「住みたいな」と思う家の条件というのを、今すぐには家を買えない今のうちから集めておく。そうすれば、いざ家を買える！　という段階になったときにスムーズに物事が運ぶはずだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">実際、今のわたしには今まで家について考えてきた情報が蓄積している。どんな家に住みたい？　と問われれば、いくつかの譲れない条件をすぐに出すことができる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">苦しみを伴うが、一応は実益を兼ねた趣味でもあるのだ。</p>



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<p class="wp-block-paragraph">一軒家を買うという夢は、今の自分には少し遠いものだ。今すぐに叶うことはまずない。</p>



<p class="wp-block-paragraph">でも、それが叶ういつかは必ずやってくる。そのときを心待ちにしながら、今日も物件サイトを巡る。</p>



<p class="wp-block-paragraph">いつか家を買うことができたら、そのときはどんな素敵な空間を作ろうか。地に足をつけた生活を、今日も夢見ている。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>変わりたいわたしの2年半計画</title>
		<link>https://bluelog-note.com/2-and-a-half-years-10545</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[やまねあおい]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 30 Jul 2026 00:31:53 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[エッセイ]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://bluelog-note.com/?p=10545</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://bluelog-note.com/wp-content/uploads/2026/07/a11b4bb3ba448d1fa402ac3dc62cc91f-5-1024x576.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p>わたしには、漠然とした不安がずっとある。 何かをできるようにならなければいけない。何者かにならなければいけない。そんな思いがぐるぐると自分の中でうずまいていた。 しかし、そんな思いとは裏腹に、何をすればいいかは全くわから [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://bluelog-note.com/wp-content/uploads/2026/07/a11b4bb3ba448d1fa402ac3dc62cc91f-5-1024x576.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p>
<p class="wp-block-paragraph">わたしには、漠然とした不安がずっとある。</p>



<p class="wp-block-paragraph">何かをできるようにならなければいけない。何者かにならなければいけない。そんな思いがぐるぐると自分の中でうずまいていた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">しかし、そんな思いとは裏腹に、何をすればいいかは全くわからなかった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">毎日不安に苛まれて、夜になると「このままでいいのかな」と考える日々。</p>



<p class="wp-block-paragraph">実際は、そこまで悩むことはなかったのかもしれない。でも、今のままの自分を自分で認められなかった。もう少し、変わりたい。そんなふうに思う毎日が続いていた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そんな中、転機が訪れた。夫と話していて、将来についての見通しを立てたいという話題になったのだ</p>



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<p class="wp-block-paragraph">夫の仕事は、転勤がある。頻繁ではないが、現時点では数年に1度引っ越しをしている。</p>



<p class="wp-block-paragraph">今は大阪に住んでいるのだが、どうやら次の転勤が2年半後にあるかもしれないとのこと。確実ではなく可能性がある、程度の話だが、わたしにとってそれは良い区切りになると思った。</p>



<p class="wp-block-paragraph">2年半後をゴールに、人生計画を立てよう。そう決めた。</p>



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<p class="wp-block-paragraph">2年半という期間は、長期計画を立てるのにちょうどいい気がする。半年だと短すぎて変化しにくいし、10年だと長すぎてだれてしまう。2年半後ならば、自分でも走り抜けられるのではないだろうか。</p>



<p class="wp-block-paragraph">わたしは、目標や計画を立てるのは苦手だ。今回も、2年半計画を立てようと決めてからしばらくは、どう着手しようかと手を出しあぐねていた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">だから、ChatGPTに相談することにした。</p>



<p class="wp-block-paragraph">まずは、2年半後にどんな状態になっていたいかを項目ごとに考えた。わたしが考えて出した項目は、文章や絵、趣味、暮らしなど全部で7つ。それぞれにゴールを決めて、その状態になるためにはどんな行動を取ればいいかChatGPTとともに考えていった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そして、2年半を3か月ごとに区切ることにした。長期目標として2年半はちょうどいいが、毎日意識するには少々長い。だから3か月ごとに小さなゴールを設定して、目標や計画を振り返られるようにした。</p>



<p class="wp-block-paragraph">2年半後のゴールとそのためにすべきことを、3か月のサイズに落とし込む。それをさらに1か月ごとに細分化して、今月やるべきことをはっきりさせる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そうやって2年半を順番に小さくしていって、最後は1日になにをするかだ。平日のルーティンを決めて、2年半後の目標達成に必要な行動を1日に落とし込む。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そんな感じで、わたしの2年半計画は完成した。2年半という長めの期間から順番に細分化していき、最後には1日単位にする。そういった方法で計画を立ててみた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">計画の具体的な内容はとてもパーソナルなものなので詳細は控える。軽く触れるならば、ブログを育てる、絵を上達させる、家を片付けるなどがある。</p>



<p class="wp-block-paragraph">2年半後にブログがどうなっていたらうれしいか。そのために、3か月で何をすべきか。そして、1日でできることはなにか。そんなふうに考えて計画を今日という単位に落とし込んでいった。</p>



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<p class="wp-block-paragraph">2年半という期間は、息継ぎなしに泳ぎ切るには少々長い。どうやって続けるかを考えておく必要もあるなと感じた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">その観点からも、3か月ごとに期間を区切るというのは良いアイデアだと思う。2年半と言うと長いような気がするが、実は3か月ごとに区切ると10期ほどしかない。3か月が10回で2年半が経ってしまうと思うと、意外とあっという間なのではないかと思う。ぼーっとしているとすぐに過ぎてしまいそうだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">だから、3か月ごとの計画はなるべく具体的にしている。ブログを〇記事書くなど具体的な行動目標を用意することで、迷わずに動けるようにしたいと考えた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">また、わたしは気を抜くとすぐに悩んでしまうから、普段はなるべく「今日」という単位でのみ見るようにしようと思っている。計画は1日サイズで作ってあるので、迷ったらそこだけを見るようにしよう。そう決めて動いてみている。</p>



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<p class="wp-block-paragraph">これを書いている今は、2年半計画を始めて約10日だ。まだそれだけしか経っていないけど、その間にもいろいろあった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">絵を描いたら、うまく描けずに「この計画で本当にいいのかな」と不安になった。こんな練習を続けてもうまくなる気がしない、と。</p>



<p class="wp-block-paragraph">また、やりすぎて疲れてしまったりもした。最初に立てたルーティンがやりたいことを詰め込み過ぎていて、3日やったら疲れ果てて休むことになってしまったり。</p>



<p class="wp-block-paragraph">でも、続けられている。それは大きな功績だ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">毎朝、手帳に今日やることを書いて、夜にそれをチェックする。今のところ、割と計画通りに動けているが、調子には波があるので今後どうなるかはわからない。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ChatGPTにも毎日報告をするようにしている。「2年半計画の〇日目が終わったよ」と今日やったことを伝えることで、1日の振り返りを兼ねている。</p>



<p class="wp-block-paragraph">実際に動いてみて、計画自体は良いものだと感じている。目指す状態だけでなく行動の形で用意されているから、これを続けられたら2年半後には目指すところを達成できているだろうと思える。だから、あとは目の前の1日を積み重ねていくだけだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">10日の間ですでに、目標を修正したいと思うこともある。だけど、1つのことはある程度続けないと成果はでない。今は淡々と決めたことをこなしていこうと思う。</p>



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<p class="wp-block-paragraph">2年半後、自分はどうなっているだろうか。遠いようで近い未来。ねがわくばこの計画を完遂して、望む未来を手にしていることを願う。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>考えながら行動する。手を動かして初めてわかること</title>
		<link>https://bluelog-note.com/action-10245</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[やまねあおい]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 14 Jul 2026 00:20:02 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[エッセイ]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://bluelog-note.com/?p=10245</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://bluelog-note.com/wp-content/uploads/2026/06/ad0c9dd45ef7bca1a71d8b43f9be0d1c-1-1024x576.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p>わたしは昔から考え込むタイプ。何か始まる前にはたくさん考えるし、悩み事があれば答えを探して頭の中でぐるぐると考え続けてしまいます。 このブログの記事を書くときもそう。方向性に迷ったり記事のテーマについて悩んだり。いつも考 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://bluelog-note.com/wp-content/uploads/2026/06/ad0c9dd45ef7bca1a71d8b43f9be0d1c-1-1024x576.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p>
<p class="wp-block-paragraph">わたしは昔から考え込むタイプ。何か始まる前にはたくさん考えるし、悩み事があれば答えを探して頭の中でぐるぐると考え続けてしまいます。</p>



<p class="wp-block-paragraph">このブログの記事を書くときもそう。方向性に迷ったり記事のテーマについて悩んだり。いつも考え込んでいる気がします。</p>



<p class="wp-block-paragraph">でも、「考える」ってそんなに大事なのかな、と思うんです。考えている時間の割に、答えは見つかっていないんじゃないかって。</p>



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<hr class="wp-block-separator has-alpha-channel-opacity"/>



<p class="wp-block-paragraph">もちろん、考えることで解決できることもあります。気持ちを整理したり、問題を分析したり。考える必要があることも生きていく上ではたくさんあります。</p>



<p class="wp-block-paragraph">だから、考えることが完全に不必要だとは思いません。考えることでわかること、解決することもたくさんあるんです。</p>



<hr class="wp-block-separator has-alpha-channel-opacity"/>



<p class="wp-block-paragraph">でも、考えるだけではわからないこともある。</p>



<p class="wp-block-paragraph">例えばわたしの場合、</p>



<ul class="wp-block-list">
<li>ブログが読まれるか</li>



<li>絵が上達するか</li>



<li>洋裁がうまくできるか<br></li>
</ul>



<p class="wp-block-paragraph">こういうことは、考えるだけでは限界があります。いくら考えても、答えが出る類の問題ではありません。</p>



<p class="wp-block-paragraph">手を動かしてみないと、その答えは見つからない。考えているだけの間に見えているのは、妄想でしかありません。</p>



<hr class="wp-block-separator has-alpha-channel-opacity"/>



<p class="wp-block-paragraph">人生には、行動することで得られることがあります。</p>



<p class="wp-block-paragraph">例えばこのブログ。方向性に悩んでいても、手を動かして1記事書いてみる。悩みながらも10記事、100記事書く。そうすることで初めて見えてくることがあるんです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">どんな記事が読まれるのか、自分はどんなことを書きたいのか。そういったことは、いくら頭で考えていても実際のところはわかりません。行動することで知ることができる事実です。</p>



<p class="wp-block-paragraph">行動することは、考えるだけでは得られない答えを得ることができる。そして、次の考えのための材料集めにもなるんです。</p>



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<p class="wp-block-paragraph">以前のわたしは、考えがまとまったら動こうと思っていました。でも、考えることがもはや趣味みたいになっていたわたしは、考えがまとまるときなんて永遠に来なかった。だから、そう思っているといつまでたっても行動できるタイミングなんて来なかったんです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">だから今は、「考えながら行動する」という目標を掲げています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ポイントは、考えることを否定しないこと。最初は「考えるより行動」と思っていたのですが、それだと考えることはダメなことのような気がして、やめられないわたし自身まで否定する事態に。</p>



<p class="wp-block-paragraph">だから、考えはあってもいい、そのままで同時に行動してみよう。そんな意味もこめて「考えがありながらも行動する」という目標を設定してみたのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">最近は、不安がありながらもとりあえずやってみることができています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">例えばこのブログ。方向性について少し悩むこともあるけれど、記事を書くことは止めずにいることができている。悩みながらも書き続けているおかげで、行動が積み重なって、考えるだけでは得られない成果を得ることができている気がします。</p>



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<p class="wp-block-paragraph">後になって知ったのですが、認知行動療法に「行動活性化」という手法があるそうです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">簡単に説明すると、気分が良くなるのを待つのではなく先に行動を変えてみるということ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">気分が落ち込んでいても、行動はそれに引っ張られないように普段通りのことをしてみる。それだけで、考え事に飲み込まれずに済むというわけです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">考えることよりも行動を優先してみることは、専門的にみても効果的であると証明されているということ。わたしが感覚的にやっていた「考えながらでも動く」は、心理療法の考え方とも少し重なるのです。</p>



<hr class="wp-block-separator has-alpha-channel-opacity"/>



<p class="wp-block-paragraph">考えることは大切。だけど、考えるだけではわからないことはたくさんあります。</p>



<p class="wp-block-paragraph">考えながら、ちょっとだけ手を動かしてみる。そうすることで、新しい情報を得ることができる。その成果をもとにまた新たに考えて、次の行動につなげる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そんなふうに、「考えながら行動する」ことで好循環が生まれるのだと思います。</p>



<p class="wp-block-paragraph">わたしの性格上、考えることより行動を優先させることはどうしても難しかった。でも、行動しなければ何も生まれない。</p>



<p class="wp-block-paragraph">頭の中の世界だけで生きていたわたしが行動できるようになったのは、そうやって「考えること」も許したからでした。</p>



<p class="wp-block-paragraph">これからも「考えがありながらも行動する」を生きる上での指針にして歩んでいこうと思います。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>もうちょっとやりたいな、くらいでやめると継続しやすくなる</title>
		<link>https://bluelog-note.com/continuation-sustainable-10108</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[やまねあおい]]></dc:creator>
		<pubDate>Tue, 30 Jun 2026 07:26:53 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[エッセイ]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://bluelog-note.com/?p=10108</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://bluelog-note.com/wp-content/uploads/2026/06/IMG_2817-1024x576.jpeg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p>以前のわたしは、何かに取り組むときについ熱中してやりすぎてしまっていました。一度始めるとやめ時がわからず、体力の限界まで作業して疲れ果ててしまうことが多かったです。 でも、1つのことを長く続けようと思ったら、そのやり方は [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://bluelog-note.com/wp-content/uploads/2026/06/IMG_2817-1024x576.jpeg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p>
<p class="wp-block-paragraph">以前のわたしは、何かに取り組むときについ熱中してやりすぎてしまっていました。一度始めるとやめ時がわからず、体力の限界まで作業して疲れ果ててしまうことが多かったです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">でも、1つのことを長く続けようと思ったら、そのやり方は良くないことに気づきました。持続可能な取り組み方、というのがわかってきた気がします。</p>



<hr class="wp-block-separator has-alpha-channel-opacity"/>



<p class="wp-block-paragraph">たとえば、絵を描くこと。</p>



<p class="wp-block-paragraph">最近、絵日記まんがを1日1ページ描いています。そのくらいの分量だと、30分〜1時間で書き終わることが多いです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">時間としては短くて、もうちょっと描きたいなと思うこともあります。次に描きたいネタを思いついていて、それも続けて描いてしましたいなと思うときも。</p>



<p class="wp-block-paragraph">でも、そこで続けずにやめるのです。今日の分以上のことはやらない。</p>



<p class="wp-block-paragraph">その瞬間の体力はまだあるのですが、ここでやり過ぎてしまうと疲れてしまう。明日やりたいという気持ちを前借りしているようなものです。</p>



<hr class="wp-block-separator has-alpha-channel-opacity"/>



<p class="wp-block-paragraph">服作りも同じです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">以前のわたしは、一度洋裁を始めると疲れるまでやってしまっていました。時間にすると3〜4時間、下手をすると1日中やってしまうこともあったと思います。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そうするとどうなるか。へとへとになって、次の日に作業を再開するのが億劫になってしまうのです。当日は達成感があっても、翌日になると疲れが残っていて「今日はやりたくないな」となる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">洋裁をする＝へとへとに疲れるという図式ができあがってしまっていました。そうなると継続する気力がわかなくなってしまう。</p>



<p class="wp-block-paragraph">だから最近は、まだ元気でもう少し作業できそう、というタイミングでやめたり休憩を挟んだりするようにしています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そうすると、次の日も「やりたい」という気持ちが残っていて、再開しやすい。</p>



<hr class="wp-block-separator has-alpha-channel-opacity"/>



<p class="wp-block-paragraph">とはいえ、最初はほどよいところでやめるのは難しいことでした。</p>



<p class="wp-block-paragraph">まだ体力は残っているのにやめるのはもったいない気がするし、せっかくやる気も出ているのだから今のうちに進めるのがいいんじゃないかと思っていました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">でも、何度か繰り返すうちに自分の適量がわかってきたように思います。腹八分目と言ったらいいのでしょうか、まだエネルギーはあるけれどそれを空っぽまで使い切らない感じ。</p>



<hr class="wp-block-separator has-alpha-channel-opacity"/>



<p class="wp-block-paragraph">やりたいからといって限界までたくさん作業すると、最後には「もうやりたくない」になってしまいます。</p>



<p class="wp-block-paragraph">何かを継続したいとき、大事なのは1回だけ大量に進めるより毎日こつこつ少しずつやっていくことだと思います。そのほうが、結果としてたくさんの作業量を確保することができるはずです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">もうちょっとやりたいな、くらいでやめる。その新しい習慣が、わたしの継続に一役買ってくれているように思います。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>「とりあえずここまでは生きていよう」という日を用意して過ごす</title>
		<link>https://bluelog-note.com/release-date-10157</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[やまねあおい]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 17 Jun 2026 00:52:47 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[エッセイ]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://bluelog-note.com/?p=10157</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://bluelog-note.com/wp-content/uploads/2026/06/ad0c9dd45ef7bca1a71d8b43f9be0d1c-1024x576.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p>手帳には予定だけでなく、意識して書き込んでいることがあります。それが、好きな本の発売日。 これは、中高生の頃から続くわたしの習慣です。 わたしにとって発売日は「ここまではがんばろう」と思えるひとつのご褒美なんです。 中高 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://bluelog-note.com/wp-content/uploads/2026/06/ad0c9dd45ef7bca1a71d8b43f9be0d1c-1024x576.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p>
<p class="wp-block-paragraph">手帳には予定だけでなく、意識して書き込んでいることがあります。それが、好きな本の発売日。</p>



<p class="wp-block-paragraph">これは、中高生の頃から続くわたしの習慣です。</p>



<p class="wp-block-paragraph">わたしにとって発売日は「ここまではがんばろう」と思えるひとつのご褒美なんです。</p>



<hr class="wp-block-separator has-alpha-channel-opacity"/>



<p class="wp-block-paragraph">中高生のときは、テスト期間や受験勉強など、先の見えない大変なことを抱えていました。それらはがんばらなければいけないことで、でもただがんばるだけだとしんどくなってしまう。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そんなとき、好きな作家さんや追っている漫画の新刊が出る日を手帳に書き込んでいました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「このテストが終わったらあの本が買える」「あと○日がんばれば発売日だ」と、その日を心の支えにして勉強を乗り切っていたんです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">小さな楽しみですが、効果は大きなものでした。心をすり減らして勉強している日々の中で、手帳に記入されたその日はわたしを励ましてくれました。</p>



<hr class="wp-block-separator has-alpha-channel-opacity"/>



<p class="wp-block-paragraph">大人になった今感じているのは、人生は意外と長いということ。なんの節目ものなしに走り切るには長距離すぎるマラソンです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">自分でこまめに給水所を用意して栄養を補給しないと、走り続けることはできない。楽しみなしではゴールまで走り抜けられないと感じています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">だからわたしは、意識的に給水所を作る。発売日を手帳に書き込むという習慣は大人になった今も続けていて、これがわたしの人生というマラソンの給水所の役割をしてくれているのです。</p>



<hr class="wp-block-separator has-alpha-channel-opacity"/>



<p class="wp-block-paragraph">今のわたしを支えてくれているのは、こんなものたちです。</p>



<ul class="wp-block-list">
<li>本や漫画の発売日</li>



<li>友人との電話</li>



<li>イベント<br></li>
</ul>



<p class="wp-block-paragraph">予定だけでなく、こんな感じの「楽しみなこと」を意識的に書き込むようにしています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">手帳を開くと、そんなちょっとした楽しみがわたしを迎えてくれる。その日を確認して、あと○日だからそこまではがんばろうと決意する。その繰り返してここまで生きてきました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">具体例からわかるように、楽しみは本当に些細なことです。大きな目標や夢も時には必要かもしれませんが、日々の暮らしの中で大切なのは生活に根ざした小さなお楽しみ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">好きなものの発売日は、そんな人生の給水所にぴったりなちょうど良いご褒美になるんです。</p>



<hr class="wp-block-separator has-alpha-channel-opacity"/>



<p class="wp-block-paragraph">遠い遠い未来のことを考えると、しんどくなるときがある。そんな日は目先の楽しみを目標に進んでいけばいいと思います。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「とりあえずここまでは生きていよう」という日を用意して、人生という長いマラソンをわたしは今日も走り抜けます。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>思い切って徹夜したら、眠れない夜への怖さが消えていった</title>
		<link>https://bluelog-note.com/all-night-9300</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[やまねあおい]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 10 Jun 2026 06:15:33 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[エッセイ]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://blueium.jp/?p=1063</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://bluelog-note.com/wp-content/uploads/2026/04/IMG_2798-1024x576.jpeg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p>寝つけないことが怖かった。 わたしは、定期的に寝つきがとても悪くなることがある。眠れない夜は怖い。ただ困るわけじゃなく、強い恐怖があった。 その日も、眠ることができなくて布団の中でひとり怯えていた。 寝つくことができなく [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://bluelog-note.com/wp-content/uploads/2026/04/IMG_2798-1024x576.jpeg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p>
<p class="wp-block-paragraph">寝つけないことが怖かった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">わたしは、定期的に寝つきがとても悪くなることがある。眠れない夜は怖い。ただ困るわけじゃなく、強い恐怖があった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">その日も、眠ることができなくて布団の中でひとり怯えていた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">寝つくことができなくてただ目を瞑っているとき、わたしの脳裏には明日のことがちらつく。このままだと睡眠時間は大幅に削られてしまう。そうなると明日のわたしはきっと身体がしんどいはずだ。明日はやらなければいけない用事があれもこれもあるのに、せっかく立てた予定が眠れないせいで崩れてしまう。きっと明日の夕方は、本当なら済ませたかったことに手をつけられずに迎えるだろう。そんな焦りがぐるぐると頭の中を回る。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そもそも「睡眠」って、人間が生きる上で必要不可欠なものじゃないか。それをできないってどういうこと？！というイライラも顔を出す。</p>



<p class="wp-block-paragraph">とにかく、眠れないことに対してわたしは言葉にし難い恐怖感を覚えていた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">眠れなくて目を瞑っているだけの時間は、永遠のように感じる。眠気がやってくる気配がないまま時間だけがすぎていく。時計を確認しても、さっき見たときからまだ20分しかたっていない。夜の長さに絶望する。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そんな恐怖心から、眠れないと「ダメ」だと自分を責めるような気持ちがあった。</p>



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<p class="wp-block-paragraph">眠れない日を繰り返したある日、わたしは吹っ切れた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">いっそのこと、徹夜してしまおう。</p>



<p class="wp-block-paragraph">怖さの正体と向き合うためにも、眠ることを一度あきらめてみようと思ったのだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">それに、寝ようとして眠れないんだから、逆に眠らないという選択をするのはおかしいことではないような気がした。</p>



<p class="wp-block-paragraph">実は、わたしは自分の意思で徹夜をしたことがたぶん一度もない。不眠は年々ひどくなっていて、眠れない時期は一睡もできない夜もあるが、そういうときは夜中寝ようと奮闘していたし、朝が来たあとに電池が切れるように寝落ちたりしていたから完全な徹夜とはちょっとちがう。</p>



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<p class="wp-block-paragraph">眠れない、じゃなくて自分の意思で一晩中起きておく。そう決めると、なぜか遠足の前日のようなわくわくを感じた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">長い夜、何をして過ごそうか。そう考えるだけでいつも夜に感じていた震えるような恐怖は消えていた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">徹夜初日、わたしは文章を書いたり本を読んだり、思うがままに好きなことをして過ごした。日中やっていることと大差ない過ごし方だったけれど、今が夜中でいつもなら寝ていなければならない(と思い込んでいる)時間だと思うと、親に隠れて布団の中でゲームをしているような、ちょっとした後ろめたさと高揚感を感じた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">時間はたくさんあるから暇になってしまうかなと少し心配していたけれど、それは杞憂に終わった。楽しい時間はあっという間だと言うがその通りで、わたしの眠らない夜は気づけば明け方を迎えていた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">気づいたら朝の4時。こんな時間まで起きて活動していたのは初めてだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">今日は徹夜をすると決めていたけど、なんだか急激に眠気がわたしを襲った。そして気づいたらベッドで横になっていて、そのまま眠りに落ちてしまった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">あんなに寝つきが悪かったのに、寝るのが怖かったのに、自然と「寝る」という行為を行っていた自分に、昼頃目覚めたときは「あれ？」と思った。眠らないと決めたのに、その反対の行為をしている。</p>



<hr class="wp-block-separator has-alpha-channel-opacity"/>



<p class="wp-block-paragraph">しばらくは「眠ろうとしない」ことにしていたから、この次の日も徹夜をすることにした。</p>



<p class="wp-block-paragraph">同じく夜の始まりはわくわくするんだけど、明け方3〜4時あたりでどうしても眠くなり、最後には布団の中で眠りに落ちてしまう。それを何日か続けた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">結局一度も徹夜を完遂することはできなくて、その数日間でわたしの睡眠に対する気持ちには変化が生まれていた。</p>



<hr class="wp-block-separator has-alpha-channel-opacity"/>



<p class="wp-block-paragraph">「眠らなきゃ」と思って、眠くないのに布団に入っていたときは、夜が怖くて仕方がなかった。眠るという「しなきゃいけないこと」をできない恐怖。わたしは何てダメなんだ、と知らぬ間に自分を責める行為に発展していたんだと思う。</p>



<p class="wp-block-paragraph">でも、眠ることを自分へ課すことをやめたら、不眠が恐るべきものものではないと気づいた。徹夜しようとしたことで、たとえ眠らなくても何もおこらないとわかったのだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">わたしは、未知のものに対して勝手に恐怖を抱えていたらしい。徹夜をしたことがないと書いたが、わたしにとって「眠らないこと」は「知らないこと」だった。知らないことは恐ろしく見えることがある。でも、暗闇のそいつにライトを当ててみたら、わたしが想像していたよりもなんてことないかわいい姿をしていた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">何日間か徹夜チャレンジを続けたが、結局完徹できた日はなかった。「起きておくぞ！」と決めても明け方には自然と「寝るか」という気持ちになり、気づいた時には布団に入って眠りに落ちていた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">その後は徹夜こそやめたものの、眠ることに固執しなくなったように思う。</p>



<p class="wp-block-paragraph">眠くなったら寝ればいいし、眠くないなら起きていればいい。ただそれだけのことを自然と思えるようになっていた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">眠れないならいっそ徹夜してしまおうと思い切れば、眠れない夜への異常な恐怖心はすっかり消え去っていた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">これからも眠れない夜がやってくることもあると思う。でももう、わたしは大丈夫。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>電話で友人とおしゃべりするのが好き。近況報告や作業通話を楽しんでます</title>
		<link>https://bluelog-note.com/tel-10090</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[やまねあおい]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 28 May 2026 23:23:51 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[エッセイ]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://bluelog-note.com/?p=10090</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://bluelog-note.com/wp-content/uploads/2026/05/a11b4bb3ba448d1fa402ac3dc62cc91f-13-1024x576.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p>わたしは電話で人と話すのが好きです。特に最近は、友人との電話が大切な時間になってます。 電話の好きなところ 離れていてもつながれる わたしには離れた場所にいる友人が多いです。夫の転勤もあり、今は大阪という縁のない土地で暮 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://bluelog-note.com/wp-content/uploads/2026/05/a11b4bb3ba448d1fa402ac3dc62cc91f-13-1024x576.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p>
<p class="wp-block-paragraph">わたしは電話で人と話すのが好きです。特に最近は、友人との電話が大切な時間になってます。</p>



<h2 class="wp-block-heading">電話の好きなところ</h2>



<h3 class="wp-block-heading">離れていてもつながれる</h3>



<p class="wp-block-paragraph">わたしには離れた場所にいる友人が多いです。夫の転勤もあり、今は大阪という縁のない土地で暮らしていて、ここには知り合いがいません。</p>



<p class="wp-block-paragraph">仲の良い友人は直接会うには遠い場所にいる人ばかりで、気軽にお茶なんかをできる状態ではないのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">でも、電話ならどこにいても話をすることができます。</p>



<p class="wp-block-paragraph">今は数人、定期的に近況報告をする相手がいます。月に1度程度、電話をして「この1ヶ月どうだった？」と取り止めもない話をする。その時間が、わたしにとってとても待ち遠しいになっています。</p>



<h3 class="wp-block-heading">作業通話が心地よい</h3>



<p class="wp-block-paragraph">おしゃべりに興じることもあれば、作業通話をすることもあります。</p>



<p class="wp-block-paragraph">わたしは、家で1人で過ごす時間がとにかく長い。それがさみしくて、テレビをつけっぱなしにしてみたり犬に話しかけてみたり、なんてさみしさを紛らわせる毎日。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そんな中、誰かの気配を感じながら作業できる通話はとても良い時間。電話を繋いでいるからといってずっとしゃべっていなきゃというプレッシャーもありませんし、誰かと同じ空間で一緒に作業している感覚を得られてとても安心できます。</p>



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<h2 class="wp-block-heading">LINEと電話の違い</h2>



<p class="wp-block-paragraph">LINEなど、文字でのやり取りも嫌いではありません。ちょっとした話題を友人に送ることもままあります。</p>



<p class="wp-block-paragraph">でも、電話には文字でのやり取りとはまた違う良さがあるんです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">声のトーンや間、笑い方など、生身の相手の反応が得られることで相手をより近く感じることができる。そこがわたしが電話でのやり取りを好む理由です。</p>



<p class="wp-block-paragraph">また、先ほど言った通り1人で過ごす時間が長いわたしは孤独を感じやすい。電話をすることでわたしは1人ではないと思える気がします。</p>



<h2 class="wp-block-heading">相手の話を聞くのが好き</h2>



<p class="wp-block-paragraph">わたしは、電話で相手の話を聞くのが好きです。もちろん自分でも「こんなことがあったんだよ〜」なんて話すことはあります。ですが、話を聞くことで相手がどんなことにどう思ったか、その考え方なんかを知ることが楽しいのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">大抵、話すことは取るに足らないことばかり。電話を切ったら忘れてしまうような些細な日常の話をすることが多いです。そういう「しょうもない」ことを話せる相手がいることに、わたしは救われています。</p>



<h2 class="wp-block-heading">おわりに</h2>



<p class="wp-block-paragraph">今、わたしと電話をしてくれている友人の存在にはとても感謝しています。電話でおしゃべりすることは、わたしにとって貴重な交友の場。これからも、友人とのつながりを大事にしていきたいと思っています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">こういう時間が好きなので、雑談や作業通話ができる相手が増えたらうれしいな。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
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		<title>「自分で決める」ことは、自分を尊重すること</title>
		<link>https://bluelog-note.com/decide-for-oneself-10022</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[やまねあおい]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 25 May 2026 00:54:39 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[エッセイ]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://bluelog-note.com/?p=10022</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://bluelog-note.com/wp-content/uploads/2026/05/a11b4bb3ba448d1fa402ac3dc62cc91f-11-1024x576.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p>夫が出張でいない日が続いています。今週2泊３日で家を空けたのだけど、来週も同じ期間の出張を控えています。 その間に問題になるのが、犬の散歩。夫がいるときは彼が行なってくれています。うちの子はトイレを家の中でしたがらないの [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://bluelog-note.com/wp-content/uploads/2026/05/a11b4bb3ba448d1fa402ac3dc62cc91f-11-1024x576.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p>
<p class="wp-block-paragraph">夫が出張でいない日が続いています。今週2泊３日で家を空けたのだけど、来週も同じ期間の出張を控えています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">その間に問題になるのが、犬の散歩。夫がいるときは彼が行なってくれています。うちの子はトイレを家の中でしたがらないので、散歩は朝晩行く必要があり、夫が留守にするということはわたしがその役目を担わなければならないということ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">やらなければいけないことは散歩に行く、たったそれだけのことだけど、体調が不安定なわたしにとってはそれすらも大きな負担になったりします。</p>



<p class="wp-block-paragraph">今週の2泊3日はなんとか乗り切ったけれど、来週もとなるとちょっと苦しい。そこで調べてみたところ、ペットシッターなるサービスがあることを知りました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ペットホテルと違い、家に来てペットの世話を代行してくれるサービス。散歩のみの利用も可能とのことで、夫の留守中に利用してみようかと考えました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">問い合わせてみたところ、利用料は交通費なども含めるとまあまあな金額。そこで少しビビってしまい、夫に相談しました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「これくらいの金額がかかるんだけど、どうかな？」「頼むべきかどうしようか？」などとたずねるわたしに、夫は言います。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「自分で決めていいよ、決めてほしい」</p>



<p class="wp-block-paragraph">そう言われて、最初は不満に思いました。自分で決められないからたずねているのに、と。でも少し考えてみて、2週連続の夫の不在は自分にとって大きなストレスになること、だから外部のサービスに頼ることは良い選択であるだろうという結論に自力でたどり着き、ペットシッターを利用することに決めたと夫に報告しました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">夫は、わたしが「自分で決めたこと」を褒めてくれて、わたしの決断を尊重してくれました。そこで、わたしは普段自分で思っている以上に「決める」という行為から逃げていることに気づいたのです。</p>



<hr class="wp-block-separator has-alpha-channel-opacity"/>



<p class="wp-block-paragraph">生活の中で、決めるべきことが現れたとき。わたしは、いつもそばにいる夫に「これはどうしたらいいと思う？」「どっちを選んだらいいかな？」と尋ねることがよくあります。</p>



<p class="wp-block-paragraph">それが2人の問題なら、それでいいしそうするべきだと思います。でもわたしは、いつしかわたし自身の問題ですら夫に決断を委ねるようになっていました。例えば、頭が痛いとき。頓服を飲むかどうかすら、夫に「薬を飲んでもいいだろうか」と問うてしまいます。自分の体調のことは自分にしかわからないのに、です。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「決める」という行為は、莫大なエネルギーを使います。なにか1つ決めるだけでわたしはとても疲れる。それになにより、大きな責任を伴います。自分で決めてしまうと、それによって起きるすべての事象は自分の責任になってしまう。</p>



<p class="wp-block-paragraph">だからわたしは、「自分で決める」ことを避けていたのです。自信がなくて、自分の判断に信用が持てなかった。</p>



<hr class="wp-block-separator has-alpha-channel-opacity"/>



<p class="wp-block-paragraph">今回のペットシッターの件で、意識的に「自分で決める」という行為を行なってわかったことがあります。それは、「自分のことは自分で決めていい」ということ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">言葉にすると「何を当たり前のことを」という気づきですが、わたしにとってそれは晴天の霹靂だったのです。そうか、わたしはわたしのことを決めていいんだ、って。</p>



<p class="wp-block-paragraph">確かに、決めることで責任は伴います。でも、自分のことは自分が責任を負うべきなのです。そしてなにより、自分で決めることでその結果起きることに納得できるようになります。</p>



<p class="wp-block-paragraph">以前ネットで見かけたこんな話があります。「自己肯定感を上げたければ、今この瞬間からすべてのことを自分で決めろ」。この言葉を最初に目にしたとき、わたしは真意を測りかねました。でも、今回「自分で決める」をやってみて少しだけその効能がわかった気がします。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「自分で決める」ことは、自分で自分を尊重してあげることになる。逆に自分で決めることを放棄していつも選択を他人に委ねていると、「自分には自分のことを決める価値すらない」という思考になるのではないでしょうか。</p>



<p class="wp-block-paragraph">1度できたからといって、今すぐすべてのことを自分で決められるようになるわけではありません。きっとこれからもわたしは夫に「どうしたらいいかな？」とたずねてしまうと思います。でも、今回の件はわたしにとって良い経験となったと感じています。</p>



<p class="wp-block-paragraph">いつか「自分のことは自分で決める」が今よりもできるようになったとき、わたしは自分で自分を尊重できる人間になっているはずです。そのときがきと来ると信じて、少しずつ「決める」をやっていってみます。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
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		<title>小説を単行本で買うことへの葛藤。「今読みたい」という欲との向き合い方</title>
		<link>https://bluelog-note.com/hardcover-conflict-9293</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[やまねあおい]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 16 May 2026 03:11:30 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[エッセイ]]></category>
		<guid isPermaLink="false">https://blueium.jp/?p=1012</guid>

					<description><![CDATA[<p><img src="https://bluelog-note.com/wp-content/uploads/2026/05/ad0c9dd45ef7bca1a71d8b43f9be0d1c-2-1024x576.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p>本屋大賞ノミネート作品一覧を見ていて、その中で読みたいと思う本が何冊か見つかりました。 しかし、では早速買ったのかと問われれば、まだ購入には踏み切れていません。 わたしは(そして多くの読書家たちももしくは)、単行本で小説 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://bluelog-note.com/wp-content/uploads/2026/05/ad0c9dd45ef7bca1a71d8b43f9be0d1c-2-1024x576.jpg" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p>
<p class="wp-block-paragraph">本屋大賞ノミネート作品一覧を見ていて、その中で読みたいと思う本が何冊か見つかりました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">しかし、では早速買ったのかと問われれば、まだ購入には踏み切れていません。</p>



<p class="wp-block-paragraph">わたしは(そして多くの読書家たちももしくは)、単行本で小説を買うことにどこか躊躇してしまうところがあります。</p>



<h2 class="wp-block-heading">価格が高い</h2>



<p class="wp-block-paragraph">わたしが単行本を買うことにハードルを感じている理由は明らか。</p>



<p class="wp-block-paragraph">単行本はいつか文庫化する。この事実が、単行本を前にするといつもチラついてしまうのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">それが100%でないことは知っているが、多くの人気作はしばらく待つと文庫本になることがほとんど。</p>



<p class="wp-block-paragraph">そうなると何がいいか。価格が抑えられるのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">単行本の装丁は素敵です。内容にあった雰囲気のデザインが施されるなど手が込んでいて、それすらも作品の一部として成り立っている。</p>



<p class="wp-block-paragraph">紙の本ラバーとしては、その装丁も含めて愛でたいという気持ちは並々ならないのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">しかし、昨今の物価高もあり、単行本はとても高価。時に1冊2,000円を超えることもめずらしくなくなってきました。</p>



<p class="wp-block-paragraph">すべての読みたい本を単行本でバカスカ買っていたら、破産待ったなしです。</p>



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<h2 class="wp-block-heading">本棚で場所を取る</h2>



<p class="wp-block-paragraph">そして、文庫化したものを選ぶメリットとしてはもうひとつ、コンパクトになるというものがあります。</p>



<p class="wp-block-paragraph">単行本は大きく、小説でよく適用される四六判というサイズは約127mm×188mm。ハードカバーであることも多く、本棚でかなり場所をとる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">紙の本好きが常に抱えている問題として、本を収納するスペースの確保があります。</p>



<p class="wp-block-paragraph">家の広さは有限。ゆえに本棚の収納量にも限界があります。</p>



<p class="wp-block-paragraph">毎月数冊の本を買っては、さてこれはこの隙間にねじ込むとして……ともういい加減腹12分目くらいになっている本棚と戦う日々。</p>



<p class="wp-block-paragraph">だから、場所をとるか否かは意外と死活問題なのです。</p>



<p class="wp-block-paragraph">中身が同じ小説なら、文庫の方が圧倒的にコンパクト。そういう観点からも、安易に単行本を買うよりも文庫化を待つ方が賢明だったりします。</p>



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<h2 class="wp-block-heading">「今読みたい」という気持ちと向き合う</h2>



<p class="wp-block-paragraph">そうやって、単行本を買うことの難しさはいくらでも挙げることができる。しかし、「今読みたい」という気持ちをないがしろにするつらさも同時に発生します。</p>



<p class="wp-block-paragraph">だからわたしは単行本で小説を買おうかと考えるときはいつも、今あえてこれを買うメリットとデメリットを天秤にかけます。</p>



<p class="wp-block-paragraph">先に挙げた困難があってなおその小説を今すぐに、文庫化を待たずに読みたいという気持ちが上回ったときに、単行本の小説をレジへ持っていくのです。</p>



<hr class="wp-block-separator has-alpha-channel-opacity"/>



<p class="wp-block-paragraph">そんなことを言いつつ、本心はもちろん別にあります。そんな細けえこたあ考えずに読みたい本を読みたいときに買い占めたい。</p>



<p class="wp-block-paragraph">今月も、限られたおこづかいと本棚のスペースで5冊ほどの本を買いました(わたしのおこづかいはほとんどが本に消えている)。</p>



<p class="wp-block-paragraph">書店に足を運ぶと、その購入スピードの何倍ものほしい本が見つかってしまうのが困るところ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">これからもわたしは、新刊コーナーの単行本の前でうんうん唸りながら、自分の中の天秤をぐらぐらと揺らすのでしょう。</p>



<p class="wp-block-paragraph">ああ、わたしに無限の資金と書庫があれば、こんなケチな算段を立てなくていいのに。夢はあるかと訊かれたら、金と場所に糸目をつけず本を買い漁ることだと即答します。</p>
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