家を建てるのは、わたしの夢です。自分の理想が詰まった一軒家で暮らすことを長年夢見てきました。
しかし、家を建てるとなると夢見がちばかりではいられません。家づくりのリアルをばっちりと見せてくれる地に足のついたエッセイを読みました。
『ありふれた家を建てる』は、小説家である椹野道流さんが家を建てる、ただそれだけの話です。それだけなのに、すったもんだの喜劇になっているおもしろい作品。
しかも、家を建てたのは17年前のこと。
建ててすぐのほやほやではなく、しっかりと住んでから振り返る形で書かれることで、冷静な目線で家づくりについて語られています。
読み進めながらまず出てきた感想は、「全然ありふれてない!」。
本をたくさん収納できる部屋、宅配荷物を置くための小部屋、猫が出られる柵付きのベランダ……椹野さんから出てくる要望は、いわゆる「普通の家」とは違うものに感じました。
わたしが求めているのは、ただの「ありふれた家」です!
p80
ここで言う「ありふれた」というのは、施主である椹野さんにとっての「当たり前」であること。
小説家という特殊な職業、そして独身ひとり暮らしの女性は、ハウスメーカーにとっての常識が通用しない相手だったよう。椹野さんと担当者の攻防が赤裸々に語られています。
とはいえ、読者であるわたしは椹野さんの主張に共感する方が多かったように思います。
例えば、コンセントはとにかくたくさんあった方がいいという要望。これは17年前だからかもしれませんが、担当者からは「そんなにいります?」という反応をされています。
今の時代、コンセントほどいくらあっても困らないものはない。わたしも家を建てるならきっと同じことを望むでしょう。
そう、このように、本書は家を建てることに関してとことんリアルに描写されています。
17年前とは思えないほど詳細に、ハウスメーカーの方とのやりとりが再現されており、1冊読み終わるとまさに自分が家づくりをイチから経験したかのような満腹感があります。
十七年を踏まえた経験談であるからこそ、「いつかマイホームがほしいな」とぼんやり思っている人にこそ、何か伝わるものがあるのではないかと。
p11
まさに「ぼんやりと」一軒家を夢見ていたわたしにとって、この本は現実をはっきりと見せてくれた初めての存在となりました。
家を建てることを少しでも考えているならば、読んでおいて損はない。そんなエッセイとなっています。
やはりこの手の本は、読みながら「自分が家を建てるとしたらどうなるだろう」と考えずにはいられないですよね。
わたしはハウスメーカーの方にどんな要望を出すだろうか、と夢想してみたところ、実は椹野さんと同じ悩みを抱えていることに思い至りました。
それが、本の存在です。
椹野さんほどではないものの、わたしは所有している本の冊数が人よりは多め。現在、本棚として使っているラックはもう限界を迎えていて、パンク寸前です。
もし一軒家に住めるなら、わたしは書庫がほしい。図書館の書庫のような、本棚をぎゅうぎゅうに詰め込んだ一部屋があったら……と、もう入る隙のない本棚を前にしていつも夢見ています。
そして、これも椹野さんの「仕事部屋」と少し似ているのですが、自分専用の作業部屋がほしい。
わたしの趣味は、こうして文章を書くことのほかに、絵を描いたり服を作ったり、何かしら作ること。
今はその作業を大きめのダイニングテーブルで行っているのですが、ダイニングはあくまでダイニング。日中に広げたものは夕方、夕食を作るタイミングで邪魔になり片付けなければいけません。
いいところでミシンを止めて、布をたたんで、糸くずを取って……ああ、なんて面倒なんでしょう。
だから、服を作り始めたら作り終えるまで広げっぱなしにしておけるスペースがほしい。描き始めた絵をほっぽらかしておける机がほしい。
制限なく望むなら、わたしはこの「書庫」と「アトリエ」を所望するだろうと思います。
わたしにとっての「ありふれた」家ってどんなだろう。家を建てるという人生においての大イベントを疑似体験させてくれる貴重な読書体験でした。
自分の中で、家づくりというものへの解像度が1段階高くなったなと感じています。

