「移動」をテーマにしたくどうれいんさんのエッセイ集『もうしばらくは早歩き』を読んだ。
新幹線や車、飛行機に、人力車なんかも出てきて、限られた切り口でも幅広い話があるものだなあとおもしろかった。
今のわたしにとって「移動」はホットなトピックで、だからこの本を読んだところがある。
ちょっと調子を崩してから、家から出ることが怖くなってしまったのだ。だからわたしはここ最近、毎日家の中でじっとしている。
さまざまな「移動」の話を読んで、家の中にいながらわたしもくどうさんとともにいろんな景色を見た気になった。内にこもっていた意識が、少しだけ外を向くような気配がした。
読んでいて特に心にとまったのは、車に関するエピソードだった。わたしはドライブが大好きだから、どれも「わかるわかる」なんて頷きながら読んだ。
車通勤での、運転している35分間をどう過ごすかという話。くどうさんはラジオを聴いてみたり、歌を歌ってみたり、友人と通話してみたりする。
運転って、忙しいけど暇、という矛盾した行為だと思っている。気をつけなければいけないことがたくさんあるから常に注意を払ってはいるんだけど、耳が空いている。ただひたすら運転だけに集中し切るには、少し退屈なんだよなあ。
わたしも車を運転してきたけれど、結局は無難にラジオを聴くことに落ち着いた。
以前住んでいた場所では長めの時間を運転する必要があって、そのときに好きなラジオ番組の聞き逃し配信を流すのがちょうどよかったんだ。そんなことを思い出した。
「旅というより、移動が好きです」
p6
本書の冒頭で、くどうさんはこう言っている。わたしも、旅行に行きたいと思う気持ちの8割くらいは移動のしたさな気がしているから、この言葉には大いに共感する。
昔、親戚の家まで何時間もかけて車で向かった道中。立ち寄るサービスエリアは特別な場所で、非日常の象徴だった。
現在でも、車で遠出するときはサービスエリアに寄ることがメインイベントと思っている節がある。
旅に出る前にはルート調べ、その道中にどんなサービスエリアがあるか確認する。ちょうど休憩が必要そうなところに素敵な(例えばちょっと変わったソフトクリームが売られているとか)サービスエリアがあると、その旅の成功は約束されたもの同然だ。
移動にまつわるこのエッセイたちを読みながら、またいつか好きなだけ移動できる日を夢見ていた。
今は自由に動けないかなしさと、そのいつかは必ず来るという少しの空元気が、わたしの中に同居している。
そのときがきたらまた、このエッセイを読みたいと思う。きっと今のわたしとは、ちがうことを感じることができるだろうから。

