ライフログと日記。
どちらも「毎日のことを書き残すもの」というイメージがありますが、この2つにはどんな違いがあるのでしょうか。
わたしは、ライフログと日記の違いを一言で表すなら、「主観か客観か」だと考えています。
どちらもその日のことを記録するもの、という点は共通していますが、記録する対象と視点がちがうのです。
「何を残したいのか」によって、ライフログと日記を使い分けるのがポイントです。
この記事では、ライフログと日記それぞれの特徴やメリット、そしてわたしが考える使い分け方について紹介します。
ライフログと日記の違い
ライフログは、その日に何をしたのかという「事実」を記録するもの。
一方の日記は、その出来事について自分が何を感じ、何を考えたのかという「内面」を記録するものです。
同じ1日を記録するとしても、それぞれで記録のされ方は大きく変わります。
- ライフログ→その日に何があったか
- 日記→その日自分は何を感じたか
両者にはこんな違いがあります。わたしは記録を取る上でこの違いを意識していて、役割を分担することでうまく使い分けています。
ライフログとは
ライフログは、「客観」に基づいたもの。その日に「何をしたか」という事実を記録します。
例えば、
- 起きた時間
- 食べたもの
- 行った場所
- 買ったもの
- 読んだ本
- 見た映画
- ブログを書いた
- 洋裁をした
- 友人と電話した
など、その日行ったことを客観的事実に基づき淡々と書き残します。

実際にあった出来事を俯瞰する形で記録する、というイメージ。
文章で書いてもいいのですが、わたしは箇条書きを採用しています。
- 洗濯
- 買い物
- ブログ
- 洋裁
- 夕食作り
- 読書
このように、やったことをリストアップしています。
「この日は何をしたっけ?」ということを後から振り返るための記録と考えるとわかりやすいです。
日記とは
日記は、「主観」に基づいたもの。その日に「何を感じ、考えたか」を記録します。
例えば、「洋裁をした」という事実があるとします。
ライフログでは、
などの事実を書き残します。
一方で日記は、
といったように、自分の感情にフォーカスして記録します。
同じ出来事でも、ライフログでは事実のみを残すところを、日記ではそのとき自分の気持ちや思考を残すことになります。
ライフログのメリット
まずはライフログの魅力について深掘りしていきます。客観的に残すからこそ、記録のしやすさや後からの振り返りやすさなどのメリットがあります。
日々の出来事を簡単に残せる
ライフログでは、長い文章を書く必要がありません。その日起こったことを淡々と書き連ねるだけで立派なログになります。



その点で、記録のハードルは低いかもしれません。
基本的には箇条書きで今日の出来事を書き出すだけでいいので、忙しいときでも続けやすい記録の仕方だと思います。
例えば、わたしのある日の実際のライフログはこんな感じ。
- 洗濯
- 郵便局
- 整体
- ドラマ視聴
- 昼寝
- お絵描き
- 夕食作り
- 風呂
これだけでも、立派な記録になっています。



記録を習慣にしたい場合は、ライフログは向いているかもしれません。
後からその日のことを思い出せる
ライフログとして記録したものを見れば、「この日はこんなことをしていたんだ」と思い出すことができます。
事実だけを書き残すというと、一見つまらないものに思うかもしれません。しかし、その日あった客観的事実だけの記録でも、見返すと意外と記憶が呼び起こされます。
事実の記録は、記憶のトリガーになるのです。
記録した時点では「こんなことを書いて何になるんだろう」と思うような小さな出来事でも、時間が経つと、その一言が過去の記憶を呼び起こしてくれたりもします。
自分の生活を客観的に振り返れる
ライフログを積み重ねていくと、自分の生活を振り返る貴重な材料になります。
ログが数日〜数ヶ月分たまると、
- 最近よく読書できている
- 意外と外出している
- この時期は忙しかった
- 以前より絵を描く時間が取れている
など、自分の生活の傾向が見えてきます。
わたしはよく、その日の気分によって「最近何もできていない」「毎日同じことの繰り返しでつまらない」と感じてしまうことがあります。
そんなとき、ライフログをつけていると自分の生活を客観的に見ることができます。
実際、先日「なんだか前進していない気がする」と落ち込んだのでライフログを見返したら、
- ブログを書いた
- 絵を描いた
- 洋裁をした
- 読書をした
- 家事をした
そんな記録が並んでいました。



それを見て思ったのは「わたし、意外とよくやれてるじゃん!」ということ。
こんな感じで自分を客観視できると、停滞しているときや反対に忙しすぎるときなどに自分のことを改めて知ることができます。
主観から離れて事実のみを見つめることは、振り返りに最適です。
「何もしていない」と思った日も記録に残せる
1日を振り返ると、どんな日でも何かしらの行動はしているもの。
些細なことでもライフログとして記録しておくことで、「何もしていない日」がなくなります。
特別なことをしなかった日も、
- 洗濯をして、
- ご飯を作って、
- 本を読んだ
そんな記録が残っていると、どんな日でも「やったこと」はあるんだと気づけます。



生活そのものを記録できるのが、ライフログの良さなのだと思います。
日記のメリット
次に、日記の魅力について。主観に基づいて書くことで、自分オリジナルの記録を残すことができるのが良いところです。
そのときの気持ちを残せる
日記は出来事だけではなく、
- うれしかった
- 悲しかった
- 悔しかった
- 楽しかった
といった、その瞬間の感情を残すことができます。
例えば、ライフログとしてこんな記録を残していたとします。
これは、その日に何をしたのかという「事実」の記録です。
一方、日記では、
というように、その出来事を通して自分が何を感じたのかまで残すことができます。
この「当時の自分がどう感じていたか」は、時間が経つほど忘れてしまいやすいものです。
だからこそ、日記には「出来事」だけでなく「その日の自分の感情」も一緒に残しておく意味があります。
後から読んだときに当時の自分を思い出せる
日記は、過去の自分に会いに行けるような記録でもあります。
例えば数年前の日記を読み返して、
- こんなことに悩んでいたんだ
- これ、嬉しいと思っていたなあ
- この出来事、すっかり忘れていたな
と思い出せることがあります。
出来事だけを書いた記録では、「何があったか」は思い出せてもそのときの自分がどんな気持ちで毎日を過ごしていたのかまではわかりません。
日記には、そのときにしか書けない言葉があります。
そうやって過去の日記を読み返すことで、自分の変化、もしくは逆に変わらない価値観にも気づくことができます。
頭の中を整理できる
自分が感じたこと、考えたことを書き出すことで、頭の中を整理できるという効果もあります。
書いて言語化することで、自分が何を考えているのかが見えてくるのです。
例えば、なんとなくもやもやしているとき。
頭の中だけで考えていると、
- なんでこんなにイヤな気分なんだろう
- わたしは何に引っ掛かっているんだろう
と、同じところをぐるぐる回ってしまうことがわたしはよくあります。
でも、それを日記に書いてみると自分の気持ちが見えてくることも。
- わたしは〇〇したかったんだ
- 本当は挑戦するのが怖かったんだ
など。
1日1回、内面を吐き出すことで自分の考えを整理するのに役立つのが日記の魅力なのです。
同じ出来事でも、自分だけの記録になる
日記は主観を大事に書くものであると定義しました。主観と客観の大きな違いは「自分らしさ」であるとわたしは思っています。
例えば、家族で旅行に行ったとします。
このとき、「旅行に行った」という事実は客観なので、家族全員がそれぞれ記録をつけたとしても同じ「旅行に行った」という言葉になります。
一方、日記ならばそれぞれの主観が入りますよね。だから、家族がそれぞれ日記を書いたら、同じ旅行について書いたものでもまったく違う内容になります。
そのように、日記はオリジナリティが出せる記録の仕方だと思います。



主観的に書かれた日記は、誰も真似することはできないものです。
ライフログと日記いの使い分け方
ここまで見てきたように、ライフログと日記は似ているようで、残すものが少し違います。
| ライフログ | 日記 | |
|---|---|---|
| 記録するもの | 出来事・行動 | 気持ち・考え |
| 視点 | 客観 | 主観 |
| 文章量 | 少なめ | 自由 |
| 書くタイミング | 毎日向き | 書きたい日に |
| 後から見ると | 生活がわかる | 当時の気持ちがわかる |
「何をしたか」を残したいならばライフログ
その日の出来事を記録しておきたいなら、ライフログ。
「今日は何をしたっけ?」と後から振り返れるように、箇条書きで簡単に残します。
特に書きたいことがない日でも、ライフログなら気軽に記録できます。



毎日続ける記録として考えるなら、ライフログはとても使いやすい方法です。
「心に残ったこと」を残したいならば日記
その日に心が動いた出来事があるなら、日記。
うれしかったこと、悲しかったこと、おもしろかったこと、考えさせられたこと。あるいは、「今日はなんだかモヤモヤした」というだけでもいい。



そのときの自分が残しておきたいと思ったことを、自分の言葉で書きます。
ライフログの中から、日記を書く出来事を拾う
ライフログと日記は、単体ではなく組み合わせて使うこともできます。実際、わたしは普段から両方のいいとこ取りをした記録を続けています。
- ライフログとして今日1日にあった出来事をバーッと書き出す
- その中から掘り下げたいものを選んで日記を書く
そのような手順で日々の記録をつけています。
例えば、
- 洗濯
- 買い物
- ブログ
- 洋裁
- お絵描き
- 夕食作り
- 読書
というライフログを書いたとします。
その中で「絵が上手く書けてうれしかった」という気持ちがあるなら、
と日記を添える。
こうすると、ライフログで客観的な事実を残しつつ、日記で残しておきたい感情も取りこぼさず拾うことができます。



この方法ならば「毎日ちゃんとした日記を書かなければ」というプレッシャーも少なく、続けやすいですよ。
▼わたしのライフログ・日記の書き方は以下の記事で具体的に紹介しています。


おわりに
ライフログと日記は、どちらも自分の毎日を残すための記録です。
ただし、残しているものは少し違います。
ライフログは、その日に「何をしたか」という事実を客観的に残すもの。
日記は、その出来事について「自分がどう感じ、何を考えたか」を主観的に残すもの。
そんなふうに主観と客観を使い分けながら記録していけば、何気ない毎日も少しずつ、自分だけの人生の記録になっていくのだと思います。
もし「生活の記録を残したいけれど、どうすればいいのだろう?」と悩んでいる方がいるとしたら、まずはこの違いを意識してみてください。自分が何を残したいのか考えてみると、記録はぐんと楽しくなりますよ。











