昔から、好きなものとうまく付き合えない。
好きなものほど、距離が近くなりすぎて苦しくなる。
今まさにそうなっているのが「絵」。上手くなりたいと思っていろいろ考えてきたけれど、そうしているうちに気づいたら距離を詰めすぎて苦しくなってしまっていた。
絵を始めた当初は、ただ楽しかった。「好きな画材を使おう」と万年筆で描いていたのだけど、それもただ線を引くことが楽しくてたまらなかった。
作品が完成すると、素直にうれしかった。
そんな調子だったのが、やっているうちに気がつくと「好きで続けているならば上達しなければいけない」と思うようになっていった。
好きだからこそ、得意でもないといけない気がしちゃって。それで「上手くなりたい」がいつのまにか「好き」とすり替わって「ちゃんとしなきゃ」と思うようになっていた気がする。
そうなると、四六時中絵のことを考えて止まらなくなっていた。練習法を調べたり、今のやり方で本当に上手くなるのかと疑心暗鬼になったり。ぐっと掴んで手から離せなくなっていた。
そうなるともうだめで、考えずにはいられなくなる。
好きな作家の新作を読めない時期もあった。
好きすぎて読むのが怖い、という感覚。好きだからこそ「ちゃんと読まなきゃ」と身構えてしまう。読むハードルを自分で上げてしまっていたのだ。
逆に、ほどよくどうでもいいことだと、こんなに苦しくはならない。むしろ好きなものを避けてちょっとどうでもいいものばかり選んでしまう傾向がある。
例えば、見たいと思っていたアニメがサブスクに追加されていたとき。いざ時間ができても「”ちゃんと”見たいから今はやめとこう」と避けて他のほどほどにどうでもいい作品に手を出してしまう。
好きな作家の本が読めなかった時期も、そんな傾向があったなと思い出す。手を出しやすい他の本ばかり読んで、本当に読みたい作品は後回しになっていた。
わたしにとって、好きなものを「ちゃんと」味わうって何なんだろう? 自分の中にある気持ちについて、ちょっと向き合ってみた。
わたしにとっての「ちゃんと」とは、観たり読んだりした後に立派な感想が書けること、かもしれない。好きなものだからこそ、読んだらしっかり活かさなければいけない気がしてしまっているようだ。
読むならばちゃんと集中して読んで、読んだ後に得るものがあったり良いアウトプットができたりする必要があると思ってしまう。
絵でも同じことが起こっていた。「好きなら得意でないといけない」と思う背景には、人の目があるのかもしれない。
「好きなものを誇れる状態にしなきゃ」という気持ちもある。誰に対して誇りたいのかは、不特定多数の「みんな」が対象であると思う。
わたしにはそういう強い承認欲求があって、例えばネットにあげたら不特定多数の人に評価されることを望んでしまう。
好きだったものに、いつの間にか成果や他人からの評価を求めていたのだ。
もし誰にも見せなくていいとしたら、好きなものとどう付き合いたいだろう。そう自分に問いかけたら、本当は、ただ楽しみたいという答えが返ってきた。
好きなものを読んだり観たり描いたりして、ただ楽しい気持ちになりたい。
好きなものがあること自体は素敵なことだと思っている。あれが好き、これが好きと思えること自体、わたしにとってはうれしいことだ。何なら、好きなものがなくて困っている人だっているわけだし。
だからこそ、好きなものをもっと大事にしたいし、せっかくある好きなものをもっと楽しみたい。好きなのに楽しめないのは、もったいないと思う。本当はもっと気軽に、純粋に好きなものを楽しみたい。
絵に関して数週間ほど苦しくて仕方ない時を過ごした。それを経た今、一度距離を置いてみることにした。あまりに近づきすぎていて苦しくなって、周りが見えなくなっていたから。
苦しんでいるとき、助けを求めた夫がこんな話をしてくれた。
もし大事な友達が彼氏とうまくいってなかったとき、なんてアドバイスする? 俺なら少し距離を置くようにすすめるよ、と。
わたしは「距離を置いても一時的な気休めに過ぎない」と最初はその案をつっぱねていた。だけど、藁にもすがる思いで、半信半疑のまま実行してみることにした。そしていざ距離を置いてみて数日経った今、冷静になっている自分に気づいた。
頭を冷やすのは大事かもしれない。好きすぎて辛くなったら、一度距離を置くことが効果的なのかも、と今は思い始めている。一旦冷静になったら、また改めて上手い付き合い方をみつけられるかもしれない。
だからといって、まだ好きなものとの付き合い方が完全にわかったわけではない。今でも好きなものとの距離感はわからないままだ。
でも、距離を置いた今、絵に対して実際に何かが変わった。これまでギューッと抱えていた「絵が上手くならなきゃ」という強迫観念がやわらいで、楽になっているのは確かだ。
絵について考えなくていいんだと思ってほっとしている。今は離れることができたことがうれしい。
好きすぎて辛くなったら、一度距離を置くことは効果的なのかもしれない。
好きなものとの付き合い方は、わたしの永遠の課題だ。これからもその課題と付き合いながら生きていくんだと思う。
いつか、絵をはじめとした「好きなこと」を純粋に楽しむことができるようになることを願っている。今回の冷却期間が終わるとき、わたしが絵に対してどんな反応をしめすのか、今はそれが少し怖くて、少し楽しみでもある。

